本場ヨーロッパより直接買い付けした福岡のイギリスアンティーク家具専門店Perla
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イギリスの家具について

アン女王の時代(1702〜1714)

ウイリアム3世が死んで18世紀に入った2年後、ジェームズ2世の次女アンは37歳で王位についた、彼女は上品で偉ぶらず、人柄もやさしい人だったようです。

またこの時代はイギリス自体もスコットランドと統一してグレートブリテンとなり、中流クラスの人々の生活が向上して、中流家具が大いに発展しました。

家具の歴史に置いても、中級の製品が快適さと優雅さを兼ね備えるようになった時代でもありました。
まず椅子の背もたれが座る人の体に合うように曲面をもった丈夫な木材で作られるようになった。

この時代は輸入のウォールナット材だけでなく国産材も使用されデザイン的には装飾が少なくなり、材木の質が厳選されるようになりました。

彫刻のモチーフとして流行したものの1つは帆立貝の模様で座幕板(フリーズ)や正面貫(フロントレール)に使ったり、あらゆる種類の湾曲した脚のひざの部分にも使った。
ふくらみを持たせた曲線の脚部は現在ガブリオール脚といっているもので、これはアン女王の時代に始まったものです。

イギリス アンティーク家具

ジョージ1世の時代

1714年にアン女王が後継ぎを残さず世を去ったためジョージ1世が後を継ぐことになりました。
この時代の家具は代表的なスタイルは王様の名前より様式名あるいは製作したデザイナーの名前で覚えられています。

18世紀のはじめまでに使われた家具は主として3つの種類に分けられます。
1つは王室や貴族のために指定家具職人が最新のデザインを取り入れて作った最高級品で新様式または新しい装飾用モチーフの導入もこの部類に入ります。

2つは中産階級の裕福な地主や商人のためにロンドンやほかの大都市で製作された家具です。
これらは数が少ないので新様式の導入といった点では詳細は不明ですがその後の急速な広がりを見せる家具産業の土台を作った。

今日のいわゆるアンティーク家具とされているものは大半がこれに該当します。

ヴィクトリア女王(1837〜1901)

ウィリアム4世を経て、ヴィクトリア女王(1837〜1901)が即位します。
ヴィクトリア時代は、まさに、世界に冠たる大英帝国時代です。

この時代の美術様式はエクレクティック(折衷)様式と呼ばれます。
家具史上、1851年万国博覧会を頂点に、それまでの十数年はこそを目ざして、爆発的に家具史上が膨張した時代でもあります。

例えば、家具彫刻は、木彫機械が開発され蒸気を動力とする機械 彫刻が行われ、飛躍的な供給量とともに、デザインの多様化を生みました。
それらに触発され家具デザインも、質量ともに一挙に発掘しました。

国が富み、国民が豊かさをさらに求め始めます。好みの多様化が必然的に過去の優れた家具や意匠様式を模索するようになります。

このようにして、リバイバルブームが到来します。家具も、過去のよいもの、優れたもの、憧れていたもの、いわゆる、いいとこどりとも様式が雨後の筍のごとく、同時多発的に生まれます。それらのデザイン、様式をまとめて、エレクティック(折衷)主義と称します。

ジョゼフ・パクストンの万国博会場、クリスタルパレ スに象徴される工業力が、家具の世界に及び、家具はもはや一部の上流階級層を主客とする注文生産のものから、一般市民が、家具販売店から購入することが可能なものとなります。

J.Cラウンドは、1833年に『エンサイクロペディア・オブ・コテージ・ファーム・ヴィアラ・アーキテクチャー・アンド・ファーニチャー』を出版 します。

家具の情報、傾向など示され、これを規範に、以後、各種の定期刊行物を含む、情報が提供されるようになります。
では、エレクティック様式のデザインの特徴はどのようなものだったのでしょうか?

椅子を例にとって見ると、ロココ・リバイバルが登場します。
続いて、ルネッサンス・リバイバルが加わります。

脚部は、ヴィクトリアン・チューダーやジャコビアン・リバイバル、リーテッドなどがはやります。
テーブルでは、ヴィクトリアン・バラスターやまたビクトリアンポーセリンがキャスターのデザインに加わりま す。キャビネットなどの箱物の脚部に、バンフットが登場します。

ここまで、英国家具も時代様式を4つの時代に分けて、その意匠の変遷を、一通り時代とともに漕ぎ繰り出しました。

英国大博覧会以降は、よく知られているアーツ&クラフトやアールヌーボーに代表される英国家具の時代となります。