本場ヨーロッパより直接買い付けした福岡のイギリスアンティーク家具専門店Perla
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英国アンティークシルバーが受け継がれてきた理由とは

アンティークシルバーは18世紀初頭まではヨーロッパの貴族達、それもごく少数の人々にしか手にすることができなかった貴重なものでした。
家紋が刻まれた銀器は貴族の家でも家督を受け継ぐ者だけに相続されており、貴族としての証や富の象徴の意味をなすひとつの道具として扱われていたのです。
家の紋章のことをコート・オブ・アームズ(Coat of arms)と呼びます。紋章は中世の騎士をイメージした幾つかのエレメントから形成され、モットー(家訓)が添えられていることもあります。

英国アンティーク銀製品画像1

「君臨すれども統治せず」(The King reigns,but does not govern)・・・というのはイギリス王室の家訓。
ジョージ1世(1660?1727年)によって作られたものです。
家訓のほとんどはラテン語の格言が元になっており、アンティークシルバーはこの紋章やホールマーク(品質保証を記号で表したもの)によって歴史や背景を紐解くことができるのです。
さて、現代のアンティークシルバーの市場は、その品数の豊富さ、規模からして圧倒的にイギリスです。

近世の宮廷文化としてはフランスが中心であったのになぜでしょうか?
その原因は幾つか考えられるのですが、大きな原因としてフランス革命、つまり貴族体制の崩壊にあります。
銀器の文化の担い手であった貴族は財を失い、銀器が消滅してしまったためと思われます。
その後20世紀初頭に至るまで、ヨーロッパの大半の国が同じような運命をたどります。
革命によって次々と貴族体制が崩されていってもイギリスは王権と貴族制度が維持され続けてきました。

その由緒正しい銀器たちが今の時代もアンティークシルバーとして生き残り、受け継がれたということになります。
イギリスにおいて、銀器の大きな節目は産業革命です。
16世紀頃から資本主義が少しずつ発展していたイギリスは、産業の工業化や植民地の拡大により、18世紀半ばから19世紀にかけて、どこの国よりもいち早く経済成長を遂げました。

貴族に匹敵するほどの経済力を持った富豪たちの出現によって、銀器の環境もまた、変化が起こり始めます。
この富豪たちのことを振興階級=ミドルクラスと呼びますが、彼らは自らの富と成功を、貴族たちの生活様式を真似ることで表現しました。

そして銀器の新たな担い手になったのです。
ところが背景を持たない振興階級の人たちには先代から伝わる紋章がありません。
そのため、紋章が刻まれない銀器が普及されました。

今日、シルバーアンティークに紋章が有るか無いかで、その違いを確かめることができます。
しばらくすると、振興階級の人々の間に「一族の象徴」として銀器を次の代へと受け継がれていく習慣が生まれてきます。

特に上層階級の家系では遺言書に誰に銀器を相続させるかを明記するほどまでになり、そのように継承された銀器はとても珍重されるようになりました。
また、ヴィクトリア時代中頃からは子供の誕生を祝ってカトラリーセットなどが贈られるのも流行しました。
現代では結婚17年目に記念として銀の贈り物をする習慣があります。
銀器が受け継がれてきたそのほかの理由として、シルバーが貴金属としての資産価値があったからと言われています。

シルバー製品は強度や耐久性のために銅などの金属が混ぜて作られており、その割合を純度で表します。
純銀の含有量はそれぞれの国によって基準が異なりますが、純度の高いものであるほど価値が高くなっています。

英国アンティーク銀器画像1

品質保証を示すホールマークの刻印をしたり、分析や鑑定をする権威のある機関をアッセイオフィスと言いますが、最初の設立はなんと1327年。現在はロンドン、エディンンバラ、バービンガム、シェフィールドの4都市にあります。

まさにイギリスは銀の国…当時の最高峰の技巧が散りばめられた装飾、精度の良い銀器の数々。
それらと共に楽しまれた当時のティータイムや食卓を想像するのもシルバーアンティークの大きな魅力です。

続きまして、アンティーク豆知識『マホガニー材』をご覧下さい。