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レストラシオン、ルイ・フィリップの時代

19世紀は輝かしいナポレオン1世の統治が1804年に始まりましたが1812年のロシア遠征で多大な損害を被ります。 さらに四方から迫る対仏大同盟軍(ナポレオン1世統治のフランス帝国による覇権に対抗するためにヨーロッパ諸国が結成した連合軍)によって圧倒され、退位に追い込まれます。
その後のウィーン会議で1815年、ブルボン朝の王政復古が支持され再び王政が戻ります。

それから1852年にナポレオン3世が統治を始めるまでの約37年間はルイ18世、シャルル10世、ルイ・フィリップの3人の王によって王政政治が引き継がれたのでした。
ルイ18世が1824年に病死した後、王弟のアルトワ伯爵がシャルル10世として即位します。
小太りのルイ18世と違い、ハンサムなシャルル10世は、若き頃マリーアントワネット王妃の遊び相手でもあり、その享楽的な性格などもあり国民の不満が募り、とうとう1830年の7月革命で失脚してしまいます。

そして自由主義者や大資本家、銀行家を始めとするブルジョワジーの擁立を受け、ブルボン家の支流であるオルレアン家のルイ・フィリップが統治を始めます(7月王政)。
ルイ18世、シャルル10世の期間の様式をレストラシオン(Restauration =王政復古)、トルバドール時代と呼び、それに続く1852年までの期間をルイ・フォリップの時代と呼んでいます。
どちらもナポレオン1世の第一帝政時代に見られたディレクトワール様式の延長ですが、際立ったアンティーク・エジプト懐古趣味は消え、男性的な線の太さから洗練さが加えられていきます。

特に1830年以降にロマンチシズムの流行が始まると、中世ゴシック様式、メランコリックな暗さが好まれるようになります。
例えば建築については、石の重量感を強調し、ゴシックのデザインを取り入れたバルコニーなどが目立ちます。

レストラシオン・ルイ・フィリップの時代1

家具においては現存するレストラシオン様式のものは少なく、これは前代の第一帝政の人気が根強く残っていたからとも言われています。
とはいえ、コモド(Commode)と言われる整理だんすなどは前代までの重々しい威圧感がなくなり、現代家具といっても通用しそうなくらいシンプルで明るく、軽い印象を持たせるものに変化します。
装飾の要素も月桂樹やライオンなど輝かしいものから繰り形、図案化されたシュロ、花や幾何学模様が見られるようになります。

ダーク調のマホガニー材を好んだナポレオン第一帝政様式との大きな違いは、木を明るい色で仕上げること。
そしてもう一つは木の「こぶ」の部分を使い、雲のような煙のような木目が見られるのも、レストラシオン様式家具の大きな特徴です。
また、ほぼ同時代1824〜1830年ごろまで流行したトルバドール様式は、ネオ・ゴシック(制動様式)の再模倣であり、尖塔系の椅子やステンドグラス、象巌にバラなどの装飾が挙げられます。

ルイ・フィリップ、第二共和制の時代(1830〜1852)に見られる様式の特徴はルイ15世の時代の流行を追った折衷様式、と言ったところです。
船を連想させるようなデザインのベッドはこの様式の好みでレストラシオン様式ではいったん明るい色調の家具が流行りましたが、その後、濃い色味に仕上げる好みに戻っていきます。
なんとなく冷たく、陰鬱な雰囲気が漂うのもルイ・フィリップ風。螺旋、縁飾り・玉飾り、唐草模様などのモチーフが見られ、知識人にこの様式を好む人が多いそう。

また、この時代まではベッドは壁と平行に置くのが決まりで、上下の区別は見られませんでした。
ベッドの頭の側を足の側より木枠を高くするのはこの時代以降に出現し始めます。
ルイ・フィリップの時代はフランスに大きな産業革命をもたらした時代。
家具の工場生産なども始まったため、品質が大幅に落ち、これ以降、様式の特徴がかなり曖昧になっていきます。

レストラシオン・ルイ・フィリップの時代2

Perlaアンティーク情報『レストラシオン・ルイ・フィリップの時代』は以上になります。
続きましては『イギリス銀器 ホールマークの読み方』をご覧下さい。