本場ヨーロッパより直接買い付けした福岡のイギリスアンティーク家具専門店Perla
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歴史ある緻密な模様〜家具に用いられるファブリックの柄について〜

歴史ある緻密な模様〜家具に用いられるファブリックの柄について〜

ソファやチェア、そしてベッドなどの家具の印象を決めるファブリック(布地)。
これら布を用いたアンティークの印象、その大部分を担っているのがファブリックの柄です。

花柄をはじめとした数多くの柄は、その時代の流行によって生み出された一種の絵画作品のようにも思えます。
今回のテーマは、現代までその形を残し続けるアンティークに用いられた布の『柄』。

特に、アンティーク家具で良く見られる特徴的なファブリックを3つご紹介していきたいと思います。

ダマスク柄

貴族のようなアンティークといえば、多くの方が真っ先にイメージされるのがこの柄のソファや壁紙でしょう。
ダマスク柄は14世紀の中ごろ、フランスでこの名称が定着し(ダマスク織)、後にイタリアで生産されるようになりました。

 

今では植物をパターン化した柄が印象深いダマスク柄ですが、西洋に伝わった当初は動物の意匠を用いたものも数多く作られていたようです。
中世初期のシリア・ダマスカスは商業と貿易の大都市として栄えており、ここから西洋の各都市に広まったと考えられています。

>高貴で繊細なイメージのダマスク柄は、アンティークの代名詞と言っても過言ではないでしょう。

ダマスク柄

ちなみに日本では、絹で織られたダマスク織のことを“緞子(どんす)”といい、高級な織物として珍重されていたようですよ。

アラベスク柄

アラベスクとは、ルネサンスを経て西洋で広く知られるようになった柄で、フランス語における“アラビア風の”という意味を持つ名称です。
くるくると巻かれた植物の蔓などが無限に連なっている様を表現したこの柄は、しばしダマスク柄と混同されます。

これは双方の柄織がイスラーム文化からもたらされていることが起因しており、アラベスク柄は彼らの“神が無限に創造し続ける”世界観を表しているとされているようです。
偶像崇拝が禁止され、人物を描くことも禁じられていたため、植物や幾何学模様に限定されていたデザインでしたが、西洋に持ち込まれたアラベスク柄はヨーロッパ美術との融合により、人物裸像や架空動物と組み合わせられるようにもなりました。

アラベスク柄

日本では似たようなものとして緑の下地に白い線で描かれた“唐草模様”が広く知られていますが、西洋アンティークにおける唐草模様(アラベスク柄)はもっと繊細で緻密な印象を受けます。
また、そのパターンの繰り返しはファブリックのみならず、金属や木材の装飾にも広く用いられたようです。

流行に機敏な当時の貴族にとっても、家具職人にとっても優秀なデザインだったんですね。
この柄の名前が誕生したのは、19世紀のイギリス。スコットランドのペイズリーで、そのデザインが広く知られるようになりました。

日本では“松毬(しょうきゅう)模様”や“勾玉模様”とも呼ばれますが、家具のファブリックというよりも、バンダナのイメージの方が遥かに一般的かもしれませんね。

ペイズリー柄

ペイズリー柄のモチーフは菩提樹や柘榴(ざくろ)、曲がった糸杉などの植物ではないかとする説が混在しており、確定には至っておりません。
またこの柄の発祥の地もペルシャ(イラン)、インドとされていますが、本来の宗教的な、あるいは象徴的な意味合いはすっかり不明瞭になってしまったようです。

何をモチーフにしたのか、果てはどこで発祥したのかも謎であるミステリアスな柄ですが、その柄のデザインに変化を持たせやすい(柄の配置を変えるなどのアレンジがききやすい)点から、今日においても良く見かける柄と言えるでしょう。

ペイズリー柄

19世紀に作られたアール・ヌーヴォーの意匠を凝らすアンティーク家具に用いられたペイズリー柄はとても上品で、優美の一言に尽きます。
植物を象った魅力的なデザインたち。

以上、数あるファブリックデザインの中でも、特に歴史深い3つの柄をご紹介しました。
イギリス、フランス、そしてイタリアをはじめとする西洋では、ルネサンスによって全く違う文化を持った外国から、その良さを取り入れて独自に発展させていった背景が伺えたかと思います。

後の19世紀には日本の文化も“ジャポニスム”として取り入れられ、アンティーク家具・雑貨にもその影響が現れました。
イギリスで作られた絵皿に日本の扇が描かれたものがあったり、日本独自の色彩を思わせるティーセットがあったりするのはこのためです。

異なる文化を取り入れ、ものにし、後世に残した当時の人々の柔軟性は、現代に生きる私達も見習うべきところなのかもしれませんね。