第2帝政、ナポレオン3世の時代と様式 — アンティークハウスペルラ コンテンツにスキップ
第2帝政、ナポレオン3世の時代と様式

1852年に第2帝政が開かれ、
ナポレオン3世の時代が1870年まで続きます。

これが厳密に言えば最後の様式で、
ナポレオン3世様式と言われています。
前時代からのゴシック復古の流れ、
ルネサンスからオルレアン(レジャンス)までの
様々な様式の融合されたスタイルと
言われています。

また、ナポレオン3世の妻
ウジェニー皇妃(Eugénie de Montijo1826-1920)は
華やかな宮廷文化・社交界を
リードする花形でした。

皇妃はルイ16世王妃であった
マリー・アントワネットに憧憬していたため、
ルイ16世様式のエッセンスを取り入れた
家具もブームになったと言われています。

この時期はブルジョワ階級が
台頭してきます。

ブルジョワたちの趣味はスノビズム、
つまり、経済的豊かさをバックにした
貴族趣味の憧れがあります。

歴史への関心が高まり、
ルイ16世までの王朝様式のカクテルのような、
成金趣味的なものがナポレオン3世様式の
特徴にも見られます。

ナポレオン3世と言うと黒塗りの
ナポレオンチェアが有名で
別名「椅子の時代」とも言われています。

ナポレオン3世

1番目に見られる大きな特徴は
ルイ16世様式の忠実なイミテーション。

本物の時代との見分けは
骨董商でも難しいと言われています。

2番目に見られるのは、
まるで玩具か芝居の小道具のような華奢なデザイン。

金と黒で塗られた木部、
キルティング風に糸を刺繍して仕上げたクッションなど
ファンタジックな趣味も見られます。

細工が異常に細いのは、
素材に木を使用せず、
糊を混ぜ粘土様にした紙を貼っているためです。

3番目に見られる特徴は
アンディスクレ(Indiscret)
直訳すると「はしたなさ」
が強調されたもの。

例えば、
2人がけの椅子をコンフィデント(Confident)
「打明け話の椅子」とよび、
そして3人がけのものになるとは
「邪魔者」と、
たいへん遊び心の入った発想の
テーマが見受けられます。

家具のダイニングセットに
使用される椅子も、
脚部はルイ13世様式でありながら
クッション部分は竹の素材でつないだり、
正体不明なデザインも見かけられるようになります。

一代で身上を築き上げた、
成金趣味と「おどけ」、
「はしたなさ」などを悪趣味だと称して
「ナポレオン3世のようだ」という人々もいます。

けれども当時、
セーヌ県知事ジョルジュ・オスマンとともに
美しいパリの街並みを作り上げたの
もナポレオン3世でした。

オペラ座やオペラ通りは良い例で、
どこまでも続く集合的な家並みの美しさなど、
歩いていてうっとりため息が出ます。

今日のパリの街並みが出来上がり、
今日に続くフランス人のライフ・スタイルが
固まったのがこの時期で、
これ以来、パリの町もフランス人の
住居インテリアもほとんど変わっていません。

つまり、この時期こそ現代フランスの原点
とも言えるのではないでしょうか。

やがて1870年に普仏戦争に敗れた
ナポレオン3世は退位し、
第二帝政時代は終わりますが、
この後アール・ヌーボーの様式が始まるまで
ナポレオン3世様式の流れは続くのでした。

「第二帝政時代の芸術」
というテーマの展覧会で
当時の絵画や宮廷内のインテリアや
彫刻などが展示されました。

建築では教会や聖堂の設計図、
都市計画の図案などまでが
ナポレオン3世の統治と絡めて紹介され、
関わった芸術家たちのリストが
詳しく掲載されています。

19世紀のフランスは共和制や
王政が繰り返され、
その統治によって時代の様式や趣味も
変化しましたが、
これらの時代を多角的に眺めると、
非常に多様性に富んでいて
意見が分かれるのも面白いところですね。

Perlaアンティーク情報
『第2帝政、ナポレオン3世の時代と様式 』
でした。


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