クリスマス映画の定番、
『ホーム・アローン』。
家族旅行の朝、
大慌てで家を出たマカリスター一家は、
8歳のケビンを家に置き忘れてしまいます。
母親がそれに気づいたのは、
すでに飛行機の中。
そこからは大騒ぎです。
飛行機を乗り継ぎ、
どうしても帰れなければ車を探し、
最後は見知らぬポルカバンドのバンにまで乗って、
なんとか息子のもとへ帰ろうとします。
当然です。
8歳の子どもが、家に一人なのですから。
では、
もしこれが150年ほど前。
ヴィクトリア朝の裕福な英国の家だったら、
どうでしょう。
おそらく、
ケビンは一人になりません。
両親がいなくても、
ナースがいる。
ナースメイドがいる。
8歳のケビンなら、
ガヴァネスがいてもおかしくありません。
そもそも当時の裕福な家では、
子どもたちは大人と同じ場所で一日を過ごしていたわけではありません。
大きな家には、
Nursery――ナーサリー
と呼ばれる、
子どもたちのための生活空間がありました。
「子ども部屋」と訳すと、
ベッドとおもちゃが置かれた一室を想像しますが、
それよりもう少し大きな世界です。
眠る。
食べる。
遊ぶ。
着替える。
勉強する。
子どもの一日のかなりの部分が、そこで完結していました。
そして、
そこには子どもだけがいたわけではありません。
身の回りの世話をするナース。
それを手伝うナースメイド。
教育を担当するガヴァネス。
裕福な家庭では、
子どもたちはこうした人々に囲まれて暮らしていました。
つまり、
両親が旅行に出たくらいでは、
ヴィクトリア朝のケビンは、ホーム・アローンになれません。
では、
そんな家に赤ちゃんが生まれたら、
どうなるのでしょう。
誰が授乳するのか。
誰がおむつを替えるのか。
誰が夜泣きする赤ちゃんをあやすのか。
そして、
母親はどこにいるのでしょう。
今回は、
一脚の小さな椅子を手がかりに、
ヴィクトリア朝の裕福な家庭の子育てを覗いてみます。
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出産は、「家にこもる」ことでもあった
ヴィクトリア朝の英国では、
出産にまつわる期間を confinement と表現することがありました。
confinementには、
「閉じ込める」「隔離する」といった意味があります。
少し物々しい言葉ですが、
当時の出産のあり方をよく表しています。
妊娠後期から出産、
そして産後しばらくの間、
女性は普段の社交生活から離れ、
家の中で過ごしました。
19世紀の出産は、
現在よりはるかに危険なものでもありました。
無事に赤ちゃんが生まれても、
母親には身体を回復させる時間が必要です。
しばらくすると、
少しずつ普段の生活へ戻っていく。
ただ、
ここからが現代とは少し違います。
赤ちゃんの世話を、母親がすべて一人でしていたとは限りません。
特に、
使用人を雇える裕福な家庭では。

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赤ちゃんに、もう一人の「母親」がいた
赤ちゃんが泣いています。
お腹が空いたようです。
当然、
母親が授乳する。
――とは限りませんでした。
裕福な家庭では、
wet nurse(乳母)
を雇うことがありました。
自分の母乳で、
他人の子どもに授乳する女性です。
つまり、
赤ちゃんを産んだ母親とは別に、
赤ちゃんに乳を与える女性がいた。
では、
母親が授乳しないなら、
粉ミルクを飲ませればいい。
現代ならそう考えます。
しかし、
ヴィクトリア朝の前半には、
現在のような粉ミルクはまだありませんでした。
19世紀後半になると、
乳児用の人工栄養も登場します。
ただ、
衛生管理も保存技術も、
現在とはまるで違います。
母乳を与えられる人を、もう一人雇う。
乳母という存在には、
そんな時代の事情もありました。
もちろん、
すべての母親が乳母を使ったわけではありません。
母親自身が授乳することもあり、
時代によってその考え方も変化しています。
それでも、
ここから一つ見えてくることがあります。
私たちが思い浮かべる、
「母親がいつも赤ちゃんのそばにいて、日常の世話をする」
という家族の姿を、
そのままヴィクトリア朝の裕福な家庭へ持ち込むことはできません。
そして、
赤ちゃんの周りにいたのは、
乳母だけではありませんでした。

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家の中にあった、子どもたちの世界
先ほど登場した、
ナーサリー。
ここをもう少し覗いてみましょう。
たとえば、
英国のカントリーハウス、
Audley End House。
1832年の記録では、
2歳から11歳までの子どもが6人いました。
その子どもたちに対して、
ナースメイドが3人。
さらに、
ガヴァネスが1人。
子ども6人に、大人4人。
なかなかの体制です。
ナーサリーには、
ベッドやクリブだけではなく、
テーブルや椅子、
ロッキングホース、
人形、
ドールハウス、
カード、
パズルなど、
さまざまなものが置かれていました。
そこで子どもたちは、
眠り、
食べ、
遊び、
学びます。
大人たちが階下で客を迎え、
食事をし、
社交をしているころ、
子どもたちは別の階で、
別の一日を送っていたのです。

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子育ても、分業する
しかも、
子どもの世話をする人にも、
それぞれ役割がありました。
幼い子どもの日常的な世話をする、
nurse。
その仕事を手伝う、
nurse maid。
そして子どもが成長すると、
教育を担当する、
governess(ガヴァネス/家庭教師)。
着替えさせる。
身体を洗う。
遊ばせる。
食事をさせる。
眠らせる。
そして成長すれば、
読み書きや音楽などを学ばせる。
もちろん、
家庭によって人数も役割も違います。
それでも、
裕福なヴィクトリア朝家庭の育児を見ていると、
一人の母親がすべてを担うというより、
何人もの人間で、子どもの生活を支えていた
ことが分かります。
では、
母親は子どもと離れていたのでしょうか。
もちろん、
そんな単純な話でもありません。
母親自身が授乳することもありました。
子どもをナーサリーから連れてきて、
両親と時間を過ごすこともあります。
教育や生活に深く関わる母親もいました。
母親が子どもを愛していなかった、
という話ではありません。
違っていたのは、
愛情ではなく、育児の仕組みです。
そして、
そんな子どもたちの世界には、
そこで使われる家具がありました。

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ずいぶん低い椅子
英国アンティークを見ていると、
ときどき、
妙に座面の低い椅子があります。
背もたれには美しい装飾があり、
座面には布が張られ、
立派な家具なのに、
普通の椅子と並べると、
明らかに低い。
それが、
Nursing Chair(ナーシングチェア)
と呼ばれる椅子です。
名前だけ聞けば、
「授乳するための椅子」
と思います。
実際、
授乳にも使われました。
ただ、
nursingという言葉は、
赤ちゃんに乳を与えることだけを意味していたわけではありません。
幼い子どもの世話をすること。
そのもっと広い意味でも使われます。
つまり、
ナーシングチェアは、
子どもの世話をする場所で使われた椅子
と考えると、
その少し変わった形にも意味が見えてきます。

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なぜ、こんなに低いのか
低い位置に座れば、
床にいる子どもとの距離が近くなります。
赤ちゃんを抱き上げる。
クリブへ寝かせる。
着替えさせる。
遊んでいる幼児を見る。
何度も立ったり座ったりしながら、
子どもの世話をする。
現在のダイニングチェアのような高さである必要はありません。
そして、
もう一つ忘れてはいけないのが、
当時の女性の服装です。
19世紀中頃の女性のドレスを見ると、
スカートは驚くほど大きく広がっています。
特にクリノリンが流行した時代には、
スカートの内側にフープを入れ、
身体の周囲に大きな円を作りました。
そんな服装で、
小さな子どもを抱く。
座る。
立つ。
また抱き上げる。
しかも、
椅子に大きな肘掛けがあれば、
スカートにも、
抱いている赤ちゃんにも邪魔になります。
ナーシングチェアに、
肘掛けのないものや、
小ぶりなものが多い理由も、
当時の女性の身体と服装を一緒に考えると、
少し納得できます。
椅子の方が、服と暮らしに合わせていたのです。

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ところで、誰が座ったのでしょう
ここで、
少し気になることがあります。
ナーシングチェア。
名前だけを見ると、
赤ちゃんを産んだ母親が座る椅子のように思えます。
でも、
ここまで見てきたヴィクトリア朝のナーサリーには、
母親だけがいたわけではありません。
乳母がいる。
ナースがいる。
ナースメイドがいる。
子どもが成長すれば、
ガヴァネスもいる。
では、
この椅子には誰が座っていたのでしょう。
おそらく、
答えは一人ではありません。
母親が赤ちゃんを抱いて座ったこともあったでしょう。
乳母が授乳したこともあったでしょう。
ナースが子どもの世話をしながら腰掛けたこともあったでしょう。
「母親専用の授乳椅子」と考えてしまうと、
この家具が置かれていた世界を、
少し狭く見てしまうのかもしれません。
ナーシングチェアの周りには、
一人の母親と赤ちゃんだけではなく、
ヴィクトリア朝の裕福な家にあった、育児の仕組みそのものがありました。
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背景を知ってから見ると
ナーシングチェアを、
「赤ちゃんに授乳するための椅子」
とだけ知っていた方も、
多いのではないでしょうか。
もちろん、
それも間違いではありません。
でも、
ナーサリーがあり、
乳母がいて、
ナースやナースメイドがいて、
当時の女性たちが大きなドレスを着ていた。
そんな背景まで知ってから見ると、
同じナーシングチェアが、少し違って見えてきませんか。
誰がここに座っていたのか。
そのそばには、
どんな子どもがいたのか。
家具そのものだけでは見えなかったものが、
背景を知ることで少しずつ見えてくる。
こういうところも、
アンティークの面白さだと思います。
