クイーンアン様式とは
アンティーク家具を見ていると、「クイーンアン」という名前を目にすることがあります。
クイーンアンというのは、家具の名前ではありません。
18世紀初頭のイギリスで生まれた、家具の様式のひとつです。
名前の由来は、もちろんアン女王。
アン女王がイギリスを治めていたのは1702年から1714年。その時代を中心として、それまでの家具とは少し違った、より軽やかで優雅な家具がつくられるようになりました。ただし、「クイーンアン家具」というのは、アン女王が実際に使っていた家具だけを指すわけではありません。
家具を見ていくと、ある時代・ある地域に、似たような形や装飾、素材の使い方が繰り返し現れることがあります。
そうした共通する特徴をひとつのまとまりとして捉え、後から「これはこの時代、この地域を代表するデザインだ」と整理したものが、家具でいう**「様式」**です。
クイーンアンの場合は、アン女王の治世を中心とした時代に生まれた家具の特徴が、その後も受け継がれていったため、それらをまとめて「クイーンアン様式」と呼ぶようになりました。
つまり、クイーンアンという名前は「アン女王の家具」という意味ではなく、アン女王の時代を中心に形づくられ、その後も受け継がれていった家具のデザインをひとつの様式として捉えた名前なのです。
そして、クイーンアンの家具を見分けるうえで、とても分かりやすい特徴のひとつが脚です。今回のコーヒーテーブルを見てみましょう。
脚が描く、独特の曲線
今回の家具には、カブリオールレッグと呼ばれる脚が使われています。
カブリオールというのは、家具の脚が途中で緩やかに湾曲し、S字のような曲線を描く形のこと。
まっすぐな脚とは違い、脚そのものが大きくカーブすることで、家具に優雅で柔らかな印象を与えます。
クイーンアン様式の家具では、このカブリオールレッグが非常に重要な存在になりました。
今回のテーブルでも、天板から脚へ視線を移していくと、この曲線がかなり印象的です。
しかも、ただ脚を曲げているだけではありません。
膝の部分にはアカンサスを思わせる植物文様の彫刻が入り、その内側にはCスクロールの装飾も見られ、さらに足先には、動物の蹄を思わせるフットが使われています。
こうした足先の形には、動物の脚や蹄をモチーフにしたものがあり、家具の脚を単なる構造物ではなく、ひとつの装飾として見せる役割も持っています。
クイーンアンの家具を見ていると、こうした「脚をどう見せるか」という部分に、当時の家具職人たちの工夫が凝縮されていることが分かります。
木の美しさも、この家具の重要な部分
もちろん、この家具の魅力は脚だけではありません。
天板にはウォールナットの美しいバール杢が広がっています。
バール杢は、通常の木目とは違った複雑な表情を持つ木部で、細かな渦や揺らぎが重なったような独特の模様が現れます。
今回のテーブルでは、その木目が天板だけでなく幕板にも使われています。
そこに天板の縁の装飾や、脚部の彫刻が加わる。
つまり、この家具は木そのものの美しさと、職人による造形の両方を楽しめる家具なのです。
特に面白いのは、天板そのものは比較的すっきりとした直線的な形をしていること。
そこから下を見ると、脚には大きな曲線が現れ、さらに彫刻やフットの造形が加わります。
一部分だけを見ても面白いのですが、家具全体を眺めると、それぞれの要素がひとつのまとまりとして成立していることが分かります。
18世紀の家具が、1930年代にもう一度つくられる
今回のテーブルの推定年代は1930年代ごろ。
アン女王の時代から、200年以上も後の家具です。
ここがアンティーク家具を面白くしているところでもあります。
家具の様式は、その時代だけで終わるものではありません。
過去につくられた美しい家具が後の時代にも評価され、「このデザインをもう一度つくろう」と再び取り入れられることがあります。
1930年代のイギリスでも、過去の家具様式を取り入れた家具がつくられていました。
今回のテーブルも、そうしたクイーンアンのデザインを後の時代に取り入れた家具と考えることができます。
つまり、この家具を見るとき、
「1930年代の家具なのに、なぜ18世紀の家具のような脚をしているんだろう?」
という疑問が出てきます。
その答えが、クイーンアンという家具様式が、その後の時代にも受け継がれていたからです。
クイーンアンという名前で家具を見る面白さ
アンティーク家具を見ていると、「これは何年代の家具なのか」というところに目が行きがちです。
もちろん年代は重要です。
けれど、様式を知っていると、家具を見るもうひとつの視点が生まれます。
「この脚はなぜこんな形をしているのか?」
「なぜこの木材が使われているのか?」
「なぜここに植物の彫刻が入っているのか?」
そんなふうに家具を眺めていくと、単なる古い家具だったものが、少しずつ違って見えてきます。
今回のテーブルも、ただ「小さくて装飾的なコーヒーテーブル」というだけではありません。
ウォールナットのバール杢、天板や幕板の装飾、そして大きく曲線を描くカブリオールレッグ。
そのひとつひとつを見ていくと、18世紀初頭のイギリスで生まれたクイーンアンという美意識が、1930年代の家具の中にどのように受け継がれているのかが見えてきます。
そう考えると、この小さなテーブルも、単なるインテリアではなく、イギリス家具の歴史を今に残すひとつの例として見ることができるのではないでしょうか。