丈夫で、長持ちする。
家具にとって、それは昔も今も大切なことです。
17世紀までの英国で、その役割を担ってきた代表的な木がオークでした。
家具になり、家になり、船になり、英国人の暮らしを何百年にもわたって支えてきた木です。
そして、オーク家具は決して実用一辺倒だったわけではありません。
深い彫刻。
建築を思わせる重厚な造形。
力強いプロポーション。
そこには、その時代なりの美意識がはっきりと表れています。
ところが17世紀後半、英国の家具は大きく姿を変えていきます。
重厚だった家具は次第に軽やかになり、
直線の中に曲線が増え、
彫刻だけではなく、木目そのものが家具の表情として楽しまれるようになります。
その変化の中心にいたのが、ウォールナットでした。
英国人は、なぜウォールナットを選んだのでしょうか。
その理由を追っていくと、単なる木材の流行ではなく、英国人の**「何を美しいと思うのか」**が変わっていった時代が見えてきます。
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英国から、王様がいなくなった
ウォールナットの話をする前に、少しだけ家具から離れてみましょう。
17世紀の英国では、とんでもないことが起きています。
国王が処刑されました。
当時の国王チャールズ1世と議会の対立から内戦が起こり、議会派が勝利。
1649年、チャールズ1世は処刑されます。
そして英国は、王政そのものを廃止しました。
国王のいない国になったのです。
その後、オリバー・クロムウェルを中心とした共和政が始まります。
一方、処刑されたチャールズ1世の息子、後のチャールズ2世は英国を離れ、ヨーロッパ大陸で亡命生活を送ることになります。
クロムウェルの死後、英国の政治は再び不安定になります。
そして1660年。
英国は、もう一度王を迎えることを選びます。
亡命していたチャールズ2世が英国へ帰国。
再び王政が始まりました。
これが、英国史でいう**王政復古(Restoration)**です。

戻ってきたのは、王だけではなかった
王政復古によって変わったのは、政治だけではありませんでした。
共和政、とりわけピューリタンの影響が強かった時代を経て、王政復古後の英国では宮廷文化や演劇、ファッション、社交などが再び活気を帯びていきます。
そして、戻ってきたチャールズ2世自身も、以前と同じ英国王ではありませんでした。
彼は長い亡命生活をヨーロッパ大陸で送っています。
そこで触れたのは、フランスやオランダをはじめとする大陸の宮廷文化でした。
華やかな装飾。
洗練された室内。
新しい家具や工芸。
1660年、チャールズ2世は英国へ戻ります。
そしてこのとき、英国に戻ってきたのは、王だけではありませんでした。
彼が大陸で触れてきた美意識もまた、英国へ流れ込んでいきます。
英国人がそれまで美しさを知らなかったわけではありません。
「何を美しいと思うのか」。
その幅が、少しずつ広がり始めたのです。
そして今度は、オランダから王がやってくる
それから30年も経たない1688年。
英国では、再び大きな政変が起こります。
名誉革命です。
翌1689年、オランダからウィリアム3世とメアリー2世が英国王として即位します。
今度は、
王そのものがオランダからやってきました。
そして当然、文化も一緒にやってきます。
当時のオランダは、世界有数の貿易国家でした。
その交易網はヨーロッパだけでなく、アジアにまで広がっています。
中国や日本の漆器。
陶磁器。
絹。
それまで英国では珍しかった色や質感、模様を持つ品々が、ヨーロッパへ運ばれていました。
英国自身も東インド会社を通じてアジアとの交易を広げていきます。
17世紀後半の英国には、
フランスやオランダから大陸の文化が入り、
さらに海の向こうから、それまでとはまったく異なる美意識を持った品々が届くようになっていました。
英国人が目にする「美しいもの」の世界は、急速に広がっていったのです。

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英国人の「美しい」が変わった
これは家具にも大きな影響を与えます。
それまでの英国人も、家具を美しく作っていました。
オーク家具に施された深い彫刻や、建築的な造形を見れば、それはよく分かります。
変わったのは、
美しさを求めるかどうかではありません。
何を美しいと思うのか。
その感覚でした。
重厚であること。
力強い彫刻。
建築物のような存在感。
そこへ、
軽やかな曲線。
滑らかな表面。
異国的な模様。
そして、素材そのものが持つ美しさ。
新しい選択肢が加わっていきます。
住まいの内部もまた、自分の趣味や教養、豊かさを表現する場所になっていきました。
家具は相変わらず生活の道具です。
しかし同時に、
「自分は何を美しいと思うのか」を表現するもの
にもなっていったのです。
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そこでウォールナットが選ばれた
そんな時代に、ウォールナットは非常に魅力的な木でした。
比較的加工しやすく、
細かな造形にも対応でき、
磨けば滑らかな表情を見せる。
そして何より、木目が美しい。
褐色の中に現れる濃淡。
根元や枝分かれした部分に現れる複雑な杢。
一本の木の中に、さまざまな表情があります。
もちろん、オークにも美しい木目があります。
しかしウォールナットは、当時広がりつつあった新しい家具表現と非常に相性がよかった。
それまで職人たちは、木を彫ることで家具の表面を飾ってきました。
ウォールナットでは、もう一つの方法が使えます。
木が最初から持っている模様を、家具の装飾にする。
家具の美しさの作り方が、さらに広がったのです。

「無垢材こそ高級」とは限らなかった
ここで活躍するのが、ベニヤです。
薄く削った美しい木を、家具の表面に貼る技法。
現代では「無垢材の方が高級で、ベニヤは安物」というイメージを持つ方もいるかもしれません。
しかし、アンティーク家具を見ると、その考え方では理解できないものがたくさんあります。
ウォールナットの中でも特に美しい杢を選び、薄く切り出す。
それを左右対称に配置したり、木目の方向を変えたり、別の木と組み合わせたりする。
一枚の板をそのまま使うだけでは現れない模様を、人の手によって作り出していきます。
ベニヤは単に高価な木を節約する方法ではありません。
木目をデザインするための技術でもありました。
家具職人は、
「どう彫るか」だけではなく、
「どの木目を、どこに置くか」
まで考えるようになります。
木目そのものが、デザインの一部になったのです。

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家具を作る人まで変わった
そして、この時代には家具の作り手にも変化が起こります。
重厚なオーク家具の時代から続く伝統的な木工技術に加えて、ベニヤやマーケトリー、精密な引き出し、複雑なキャビネットなど、新しい家具を作るための専門的な技術が発達していきます。
英国の家具史では、こうした変化とともに**cabinetmaker(キャビネットメーカー)**という存在が重要になっていきます。
家具が変わった。
木が変わった。
そして、家具を作る職人の仕事まで変わっていった。
17世紀後半は、それほど大きな転換期でした。
ウィリアム&メアリー様式
こうした変化が家具という形になって現れたものの一つが、ウィリアム&メアリー様式です。
それ以前の重厚なオーク家具と比べると、明らかに雰囲気が違います。
細く伸びた脚。
より軽やかな造形。
ベニヤやマーケトリーによる装飾。
木目を活かした表情。
家具は、部屋の中に置かれた小さな建築物のような存在から、より軽快で装飾的なものへと変化していきます。
ただし、
ウィリアム&メアリー様式が、英国人に美しい家具を教えたわけではありません。
その前に英国社会そのものが変わっていました。
王政復古。
大陸との交流。
オランダとの深い関係。
そして世界との交易。
英国人が触れる美意識そのものが広がった結果、新しい家具が求められるようになった。
ウィリアム&メアリー様式は、その変化が目に見える形になったものとも言えるでしょう。
そして、クイーン・アンへ
18世紀に入ると、その流れはさらに洗練されていきます。
クイーン・アン様式です。
装飾をただ増やすのではなく、家具そのものの形を美しく見せる。
その象徴のひとつが、カブリオールレッグ。
動物の脚を思わせる、優雅な曲線です。
家具は細く、軽やかになり、室内に余白が生まれます。
豪華さを見せつけるというよりも、
形そのものの美しさを楽しむ。
ウォールナットは、こうした家具とも非常に相性の良い木でした。

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ウォールナットの時代
17世紀末から18世紀初頭。
ウォールナットは英国家具の主役となります。
現在、英国アンティークの世界で**「Age of Walnut(ウォールナットの時代)」**と呼ばれる時期です。
もちろん、オークが消えたわけではありません。
実用品としても、地方の家具としても使われ続けます。
しかし、流行の最先端にある家具を見ると、ウォールナットの存在感が際立つようになります。
重厚さだけではなく、軽やかさ。
彫刻だけではなく、美しい木目。
一つの美しさが消えたのではありません。
家具で表現できる「美しい」の種類が増えたのです。
ウォールナットの黄金時代は、なぜ終わったのか
ここまで読むと、ウォールナットはそのまま英国家具の主役であり続けてもおかしくないように思えます。
美しい。
加工しやすい。
新しいデザインにもよく合う。
それなのに、ウォールナットの黄金時代はそれほど長く続きませんでした。
その理由もまた、木材の性能だけでは説明できません。
18世紀前半の英国は、ヨーロッパ諸国との戦争と貿易競争の中にありました。
上質なウォールナットには大陸から輸入される材も重要でしたが、戦争や貿易政策、関税はその流通に影響を与えます。
家具職人がどの木を使うかは、職人だけが決めていたわけではありません。
その背後には、
政治があり、
戦争があり、
貿易がありました。
家具の材料にも、世界情勢が影を落としていたのです。
そして、海の向こうから
そんな時代に、英国の家具工房へ新しい木が入り始めます。
英国には生えていない。
ヨーロッパですらない。
大西洋の向こう側から運ばれてきた、赤褐色の木でした。
美しく、
丈夫で、
加工しやすく、
そして大きな材も取れる。
ウォールナットの時代に広がった、木目、曲線、軽やかさといった家具表現。
その可能性を、さらに先へ進めることのできる木でした。
やがて英国家具の歴史は、もう一度大きく動き始めます。
しかし、それは次のお話。

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「美しい」の変化を受け止めた木
ウォールナットが、英国人に家具の美しさを教えたわけではありません。
英国人は、それ以前から家具を美しく作っていました。
変わったのは、
何を美しいと思うのか。
王政復古によって大陸の宮廷文化が入り、
オランダとの交流が深まり、
遠いアジアから、それまでとは違う色や模様を持った品々が海を越えて届くようになった。
英国人が見る世界そのものが、大きく広がった時代でした。
重厚な彫刻や建築的な造形に加えて、
軽やかな曲線。
滑らかな表面。
美しい木目。
素材そのものが持つ表情。
家具で表現できる美しさもまた、広がっていきました。
オークが英国人の暮らしを支え、その時代の美しさを形にした木だとすれば、
ウォールナットは、広がっていく英国人の美意識を、新しい形で表現することのできた木だったのかもしれません。
そして、その扉が一度開かれると、家具の表現はさらに先へ進んでいきます。
次に英国人が選ぶ木は、英国から何千キロも離れた場所にありました。